ホーム > ライフスタイル > 私だけの天職の見つけ方 > 小林加奈さん(34才)(『Velnica(ヴェルニカ)』デザイナー)
自分にとって本当に好きなものを
考えた先に『Velnica』があった
デザイナー・小林加奈さん。短大を卒業後、ロンドンに留学。
帰国後、雑誌の編集・ライターとして活躍し、30才のときに友人2人と
『Velnica』をスタート。現在の成功にたどり着くまでの軌跡を紹介します。
天職を見つけるまでのストーリー
信頼できるスタッフと
一緒に仕事ができる幸せを
かみしめる毎日
大人が楽しめる上質なルームウエアの提案から始まった『Velnica』。2005年のデビュー以来、着実にファンを増やし、現在では日常着やキッズラインも展開。直営店を持たないながらも、女性誌に引っ張りだこの、今もっとも注目されるブランドのひとつです。
「『Velnica』は高校の同級生だった3人組で始めたブランドです。コンセプト作りからデザイン、買いつけや生産の発注、管理に至るまで、服ができるまでの工程は外注には出さず、すべて3人で手がけています。だからこそ、デザイナーと商品との距離が近く、本当に自分たちが作りたいものを作れているという実感が持てるのだと思います」と話すのは、デザイナーの小林加奈さん。ブランドを立ち上げる前は、女性誌を中心に編集・ライターとして活躍していた小林さんだからこそ、できることも多いのだそう。
「3人で手がけるデザイン案のほかに、ヴィジュアル撮影のキャスティングや、テーマの企画・仕掛けを考えるのは主に私の担当です。編集・ライターという仕事柄、編集者やモデルとのつながりがあって商品をすぐに見てもらえたということはブランドの成長にとって、すごく大きかったですね。ほかの2人のパートナーも、パタンナーや企画・生産管理、モデルや海外ブランドPRの経験を積んでいるので、それぞれのキャリアがとても生きています。これまで失敗らしい失敗もなく、けんかもなく(笑)、こんな幸せなことはないなあと日々感じています」。
ロンドンに憧れた
短大時代。会社勤めで
お金を貯め、留学
出身は宮城県仙台市。現在のパートナーの2人とは、仙台の高校で知り合いました。
「1人はクラスメイトで、1人は遊び仲間。当時は将来一緒に仕事をするなんて、思ってもみませんでした。高校卒業後も、3人とも東京の美術系や服飾系など、それぞれ違う大学に進みましたし。短大時代はとにかく遊びが忙しくて(笑)。当時、憧れていたのはロンドンのファッションやカルチャー。王道のアメリカより伝統とトレンドが共存するイギリスの文化に惹かれていました。さらに、当時は個性があってこそ、と思っていたので、アフロに近いスパイラルヘアでクラブ通い。モテない女子大生でしたね(笑)。卒業後はロンドンに留学したいと思っていましたので、資金作りのために建築会社に入社し2年間勤めました。晴れて、ロンドンに留学したのが22才のときです」。
ロンドンでは語学スクールに通った後、芸術大学であるセントラルセントマーティンズのグラフィック科やジュエリースクールをかけ持ちするなど、勉強一色に生活は一変。
「この頃が人生で一番勉強しました。英語も最初は全くダメで、語学スクールでも下から2番目の超初級クラスに入れられてしまいました。でも、上のクラスに上がっていくのは速かったですね。何しろ、住む部屋は自分で探さなきゃいけないし、病気になったら病院で体調を説明しなきゃいけない。とにかく生きるために必死で英語を覚えました。そうしたら、メキメキ英語力が伸びていきました。アルバイトもたくさんしました。また、セントマーティンズのワークエクスペリエンスという授業の一環で、エディトリアル事務所で半年ほど働いたのも大きな経験でした。これは帰国後の編集・ライターの仕事をやるきっかけのひとつになったと思います。また、バックパックでヨーロッパ中を旅できたのも素晴らしい経験でした。
『Velnica』の重要な構成要素のひとつである“モロッコ”という国に出会い、衝撃を受けたのもこの頃でした。ただのエキゾチックではなくて、ほどよくフランスやスペインのエッセンスがミックスされていて、その絶妙さに心惹かれました」
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