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土橋博美さん(ミレナーズ ブティック ジャパン代表)

  • 2010/02/19 01:00
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日本語講師、キャビンアテンダントなど、様々な経験を経てたどり着いた天職。
“好きなものに携われる”いまが幸せ

  

 

大豆を原料に作られたハリウッド発の自然派アロマキャンドル『ミレナーズ』。そのアジアでの販売権を持つのが土橋博美さんです。
将来の夢が定まらず職を転々とした20代、ロサンゼルスでの 『ミレナーズ』との偶然の出会い。
そして現在に至るまでの紆余曲折を語ってもらいました。

 

 

 

 

接客、新商品の開発など、忙しく楽しい毎日

 

ハリウッドセレブが愛用したことから人気に火がつき、日本ではモデルの平子理沙さんが自著で紹介するなど、いま最も注目されているアロマキャンドルブランドのひとつ『ミレナーズ』。

 

「天然のソイビーンズ(大豆)からできている地球にやさしいキャンドルです。香りも200種類以上あって、溶け残ったキャンドルは練り香水として利用することもできるんですよ。ひとつひとつデザイナーのミレナが手作りしているのも特徴です」と土橋さん。

 

土橋さんは『ミレナーズ』のアジアでの販売権を持ち、日本オリジナル商品の開発にも携わっています。
「日本ならではの商品として作ったクマの湯たんぽは好評をいただいております。美容家のIKKOさんが愛用品としてテレビ番組で紹介してくださったことも。日本限定のエコバッグも人気なんですよ」とうれしそうに語る土橋さんからは、充実したワークライフが伝わってきます。

 

「20代の頃からいろいろな職業を経験しましたが、“好きなもの”に毎日触れていられるいまが一番幸せです。代表としての私の仕事は、百貨店のバイヤーとコンタクトをとることや、新商品の開発、店舗運営のことなど様々ですが、お客様と接しているときが一番やりがいを感じます」

 

 

大学3年生のときに初めて訪れたN.Y.で人生の転機が

 

高校までは地元・福岡県で過ごし、18才で上京。行政機関の付属学校である大学校の工学部に進学します。

 

「職業に直結する専門的なことを教える大学校で、私はコンピュータ関係を専攻。実は理系だったんです(笑)。両親が厳しく、東京への進学を許してくれそうもなかったので、勝手に受験しました(笑)。工学部だったので、周りは男性ばかりでしたね。この頃は、特に将来どうしようとか、具体的な設計はできていませんでした」

 

そんな土橋さんの人生観が変わったのが、3年生のときに旅行で訪れたニューヨークでの体験。

 

「昔から“一番なもの”に魅かれる傾向があって、福岡から上京したのも“日本では東京が一番”だったから。じゃあ世界で一番は?と考えたときに、ニューヨークかなと。事前にニューヨークの歴史を勉強し、正直に言ったら絶対に反対するであろう両親には部活の合宿とウソをついて(笑)、友人とニューヨークに旅立ちました。初めて行ったニューヨークはとてもワクワクする街で、なかでも忘れられないのは証券取引所で出会ったご婦人の言葉。“ニューヨークには世界の最高と最低があるのよ”と言われハグしてもらったことが、当時の私にはとても衝撃的で、印象に残っています。ハーレムでゴスペルを聞いたり、ホテルのメイドさんに毎日メッセージカードを残すうちに交流が生まれたり、とにかくすべてが新鮮で楽しかった。“世界にはおもしろいことがたくさんある。もっといろんなことを知りたい”と初めて感じました。このときの旅行は、今の私の原点になっていると思います」

 

 

 

「今、販売を検討している熊本県阿蘇の薬草茶です。飲みやすいですし、体調も整います」

 

 

興味のおもむくままに、数々の職業を経験した20代

 

ニューヨークの旅行から帰国後、土橋さんは思いがけないチャンスを手に入れます。
「教育実習で訪れていた母校の校長先生が、“オーストラリアで日本語講師の職があるのだけど、やってみない?”と誘ってくださったんです。世界を見たいと思っていた私は即決。大学校を卒業後、オーストラリア人のお宅にホームステイしながら現地の学校で日本語講師として1年間働きました。最初は英語もできないのに大丈夫かなと心配でしたが、なんとかなるものですね(笑)。でも帰国後、困ったのが再就職。英語を武器に働くほどの英語力は身につけていなかったし、とにかく働かなきゃと地元・福岡のコンピュータ会社に就職。人事部で採用に携わりました。周りの人たちにも恵まれて楽しく働いていたのですが、たまたまテレビで特集されていたキャビンアテンダントを見て、“旅行が好き”“人と会うのが好き”“英語も生かせる”私にぴったりの仕事なんじゃないかとひらめきまして(笑)。すぐに周りの人たちに”キャビンアテンダント”を目指すと宣言し、英語の専門学校にも通い始めました」

 

そして27才のときに日系航空会社の採用試験に合格。晴れて国際線のキャビンアテンダントとして働き始めます。
「国際線の勤務は一般的に激務といわれているのですが、私はどこでも眠れるし、いつでも食べられる人なので、ストレスとは無縁で楽しく働けました。周りは帰国子女が多くてさばさばしているし、合コンなど楽しいこともひと通り経験しましたよ(笑)」

 

このキャビンアテンダント時代に『ミレナーズ』との出会いがありました。
「ビバリーヒルズを歩いていたら、すごくいい香りがしてきたんです。引き寄せられるように偶然入ったショップが『ミレナーズ』でした。すぐに虜になってロサンゼルスに行くたびに立ち寄るようになり、オーナーのミレナにも顔を覚えてもらえるまでに。でもまだこのときは、まさか自分が将来日本でショップを開くことになるとは、夢にも思っていなかったです」

 

その後、キャビンアテンダントの仕事にマンネリを感じ始めた土橋さんは、29才で退職を決意し、福岡に戻って公務員養成学校の講師の職に就きます。
「“人生は先が見えていないほうが楽しい”が私のモットーなんです。だから、退職にも迷いはなかったです。養成学校での仕事は結果的に1年弱でしたが、生徒とも仲良くなりましたし、あっという間でした。私に向いていたんじゃないかなといまでも思います」。

 

 

『ミレナーズ ブティック ジャパン』をオープン。順風満帆に成長

 

「養成学校時代、お休みを利用してロサンゼルスに遊びに行って、また『ミレナーズ』に立ち寄りました。そのとき、“これは日本に持っていったら絶対売れる!”と直感で感じて、デザイナーのミレナに交渉しました。とにかく思い込みが激しいタイプなので(笑)、思ったら即実行なんです。他からも契約の話があったみたいなんですが、メールでの依頼が主で、直接ロサンゼルスのショップまで何度も足を運んで交渉したのは私だけだったようです。知らない人に権利を渡すよりも、よく知っている人でとのことで、販売権利をいただけることになりました。養成学校を辞め、小倉のJETROに通って輸入や契約の勉強をし、2006年に輸入販売の会社として(株)ファインモードインターナショナルを設立しました」

 

最初は外苑前のビルの1室で店舗をオープン。
「目立つ場所ではなかったのですが、『ミレナーズ』の顧客であるアーノルド・シュワルツェネッガー知事からいただいた開店祝いのお花をビルの入り口に飾っておいたら、興味本位でお客様がのぞいていったりしました(笑)。その後、たまたまテレビの情報番組で紹介され、OA直後から問い合わせが殺到。在庫が足りないという事態になり、ロサンゼルスにまた飛んでミレナに商品を早く作ってもらえるように直接交渉。でも手作りなので、なかなかショップに在庫を確保できず、せっかく来てくださっても売るものがなくて困った時期も。商品を安定的に確保できるようになり、タレントさんやモデルさんがブログや本で紹介してくださって、人気も定着してきた2年目に現在の路面店をオープンしました」

 

 

自分のアンテナを信じ、新しいものをどんどん紹介していきたい

 

無事に『ミレナーズ ブティック ジャパン』を軌道に乗せた土橋さん。
「アロマキャンドルだけではなくて、今後はもっとアイテムを増やしていきたいと思っています。最終的には、石けんやバスグッズなど、総合的なリラクゼーションブランドに成長させられればと思っています」

 

そんな土橋さんに今後の夢を尋ねると……。
「ずっと好きなものに携わる仕事がしたいと思っています。国内、海外を問わず、自分の気に入ったものを、たくさんの人に紹介するのが夢です。いまプロジェクトとして動き出しているのが、熊本県の薬草茶。私自身、これを飲み始めてすごく体調が良くなったんです。もっと素敵にブランディングして、販売を起動にのせようと検討しているところです」

 

 

撮影/佐山裕子 取材・文/金澤友絵